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【長野おでかけ】真田宝物館、大名屋敷真田邸・藩校文武学校!東京から日帰りで行ける松代真田の里観光!

真田信之が江戸時代に治めた松代藩10万石の城下町を巡ります。この松代には長野駅からバスで行き、あす。約30分くらいです。松代には真田宝物館、真田邸、文武学校などが真田家に関連した施設が多くあります。また周辺にはおやき、栗どらやきなど観光を楽しみながらお手軽に楽しめるお店もそろっています。長野観光は松代へどうぞ!

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長野電鉄 松代駅跡

松代駅は、長野県長野市松代町松代にあった長野電鉄屋代線の駅(廃駅)です。駅番号はY6でした。路線が廃止となった後も、駅舎等の設備は残され、観光案内所のような形態になっています。営業当時の松代駅について振り返ってみると、駅の構造は単式1面、島式1面の2面3線のホームと留置線を有する地上駅で、駅員のいる有人駅でした。戦時中は不要不急線として休止される予定でしたが、あの有名な松代大本営建設のために休止は返上され、貨物輸送に利用されたのです。
 松代観光は松代大本営を目指すと少々エリアがかなり広いのですが、ここ松代駅跡でレンタサイクルができるので、松代観光の基地となること間違いなしです。

松代城跡

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松代城は元々、海津城と呼ばれていた城で、武田信玄が山本勘助に命じて築いた要塞です。甲州流築城術の特徴を強く持ち、武田氏築城の代表的な城のひとつと考えられています。松代城と改名されたのは、江戸時代に真田信之が入城してからのことです。
 松代城は、三方を山に囲まれ千曲川を天然の堀とした平城といえど堅固な要塞でした。しかし、城の規模は信玄の時代からあまり変わっていません。というのも、真田氏が10万石で城主となって、信州の代表的な藩の中心となったのですが、外様のため城の拡張は許されず、後に本丸から御殿を移した花の丸の造営が唯一城の拡張だと考えられます。川中島合戦の際にこの城におよそ2万の武田軍が入場したとも伝わりますがかなり手狭に感じられました。ちなみに現在は本丸に大量の桜が植えられており、かなり桜がきれいです。常に視界の先に山々が広がるこんなにも素晴らしいところを真田氏は明治維新まで居城としていたんです!!

竹風堂 松代店

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 小布施地域の栗で有名なお店がここ松代城跡のすぐ近くにあります。城散策跡の憩いのスペースとしての立地と機能を兼ねた和風の店舗となっております。栗どら焼き、栗ようかん・栗かの子などの栗菓子の販売と、喫茶や栗おこわなどの食事が楽しめます。復元された松代城の隣に位置し、付近には真田十万石の城下町を偲ばせる史跡が数多くあります。ここのどら焼き栗あんこがかなり甘くておいしかったのでどら焼き好きにはおすすめです。ここも休憩に使えます。お茶もいたただけます。

http://tabelog.com/nagano/A2001/A200101/20000135/

真田邸

真田邸真田邸真田邸真田邸真田邸真田邸

信州松代と言ったら行きたい観光地は真田邸です、9代松代藩主真田幸教が、義母・貞松院の住まいとして1864年に建築した松代城の城外御殿で、「新御殿」と呼ばれていました。
 江戸時代、大名の妻子は参勤交代で生涯江戸住まいを義務づけられていましたが、江戸末期1862年、14代将軍・徳川家茂の時代に行われた文久の改革による参勤交代制度の緩和にともない、妻子の帰国が許可されたことから、松代にも妻子が暮らす屋敷が必要になりました。後に、隠居後の幸教もここを住まいとし、明治以降は伯爵となった真田氏の私宅となりました。1966年、十真田家12代当主・幸治氏により代々の家宝とともに当時の松代町に譲渡されました。
 主屋、表門、土蔵7棟、庭園が江戸時代末期の御殿建築の様式をよく伝え、建築史の視点からも貴重な建物であり、松代城と一体のものとして国の史跡に指定されています。真田邸の庭園は座って楽しむ構成になっています。

http://www.sanadahoumotsukan.com/facilities/facility.php?n=2

真田宝物館

 真田家十二代当主・幸治氏から1966(昭和41)年に譲られた武具、調度品、書画、文書などの大名道具を収蔵・展示する博物館として開館しました。
 武田勝頼の家臣真田信綱が長篠の戦いで奮戦した際に振るっていた国の重要文化財「青江の大太刀」、真田昌幸所用の「昇梯子の具足」、武田信玄・豊臣秀吉・石田三成・徳川家康からの書状など、貴重な資料がおよそ5万点も展示されています。年4回の展示替えがあり、実物資料はほぼすべてを入れ替えられています「。宝物館に行く際は展示資料についてはHPで確認していくことをおすすめします。

ww.sanadahoumotsukan.com/facilities/facility.php?n=1

松代文武学校

 文武を奨励した松代藩8代藩主・真田幸貫が水戸の弘道館にならって考案し、9代・真田幸教の時代に完成した松代藩の藩校です。藩士の子弟が学問と武道を学ぶ場として、1855(安政2)年に開校しました。教室にあたる文学所、武術を学ぶ剣術所、柔術所、弓術所、槍術所などが配置されています。当時の時間割には東洋・西洋の医学、小笠原流礼法、西洋の軍学なども組み込まれており、先進的な教育が行われていました。各地の藩校の多くが幕府の学問所にならって敷地内に孔子廟を設け、儒教を重んじる風習がありましたが、松代文武学校には設けていないことから、近代的な学校の先駆けであったことが伝わります。このように幕末の有名人佐久間象山が生まれたこの信州には先進的な文明を受け入れる素地がありました。

http://www.sanadahoumotsukan.com/facilities/facility.php?n=3

おやきや総本家 松代店

おやきや総本家 松代店おやきや総本家 松代店

宝物館のすぐ近くにはおやきのお店もあります。信州と言ったらおやきです。もちろんお土産を購入することができます。真田探検に疲れたら少しここで休んで、おやきを食べるのもありですね。六文銭のパッケージの真田お菓子も販売していますので、大河ドラマ好きの人は行ってみて下さい!

http://tabelog.com/nagano/A2001/A200101/20000955/

小山田低

最後にふらりと松代をあるいていたら小山田邸を発見しました。本当に戦国時代の歴史が残っているまち松代です。特に武田信玄や真田家が好きな人は絶対にいかなくてはなりません。最寄りの駅が篠ノ井駅か長野駅とかなり遠く、交通の便が悪いですが、バスやタクシーを活用してぜひとも松代へ行ってみてください!

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ライター紹介
豊かさがあふれる時代、本当に楽しいものやおいしいものを発信できたらと思います。プレイライフではボランティアプランナーとして日本全国や世界各国の魅力を集めて精力的に情報を発信しています。皆様どうぞよろしくお願い致します。
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